香りのある暮らし
普段、嗅覚を意識して生きている人間はそうは多くないだろう。
人間は五感からの知覚情報のうち、8割は視覚、1割は聴覚、残りを嗅覚と触覚、味覚で補っているという。
嗅覚というのは視覚や聴覚に比べて非常に地味な知覚である。
それでも私は「香り」に興味があったし、香りには様々な力があると思っている。
香りの効果として一番に感じているのは
「意識を移動させる力」だ。
こんな経験はないだろうか。
家路を急ぐ夕方、知らない誰かの家から夕飯のハンバーグの焼けた匂いがする。
その瞬間、熱々で少し焦げたデミグラスソースのかかったハンバーグの映像が頭に流れる。
また、何か考え事をして煮詰まりそうな時、
ふと朝つけた香水が香って「あれ、このいい香り何だっけ」と、意識が現実の今ここに引き戻される。
ある香りを嗅いで、昔の記憶を鮮明に思い出す、プルースト効果も、
意識を移動させる香りの現象のひとつだと思う。
今目の前にない光景が思い起こされたり、過去の思い出が蘇ったり、
あるいは考え事の世界から現実に意識を戻したり...
こういった香りの現象は、ある種の救いである。
嗅覚を通じて今あるところから別のところに無意識にワープさせてくれるのだ。
もっと言うと、香りは自分が「生きている」ことを感じさせてくれる。
視覚や聴覚よりも意識を向けられることが少ない嗅覚だからこそ、
香りが感じられたときには「生」を感じると思うのだ。